関西医科大学との共同研究

関西医科大学

世界初の「光免疫医学研究所」を開設 関西医科大学(大阪府枚方市)で2022年4月20日に記者会見

小林久隆先生が所長・特別教授に就任

「がんに苦しむ患者さんのために、10年後をめどに多種のがんへと適用拡大して、8割のがんをカバーできるようにしていきたい。また、光免疫療法が手術・抗がん剤・放射線治療という三大治療を行う前段階でも実施できることを目指したい。」

関西医科大学に光免疫医学研究所が開設され、20日、マスコミ向けに会見が行われ、小林久隆所長は会見でこう語った(開設は4月1日付け)
基礎研究と臨床治療が連携し光免疫療法が実施される世界初の研究所は1500平米に、最新鋭の治療機器を導入、統括部門・基盤開発部門・免疫部門・腫瘍病理学部門の4部門を設置すると発表した。

 同学山下敏夫理事長は冒頭で挨拶に立った。

写真は左から同大、友田幸一学長、山下敏夫理事長、小林先生、木梨達雄副学長
写真は左から同大、友田幸一学長、山下敏夫理事長、小林先生、木梨達雄副学長

 山下理事長が「世界でオンリーワンでありナンバーワンの研究所を設立する」という構想を立てたのはいまから10年前のことだった。
 そして構想の方向性とまさに一致する『光免疫療法』というテーマとの出合いがあり、この治療法の開発者である小林久隆先生の招聘が実現し、開設の運びとなったことを語った。

 また、山下理事長は、いま光免疫療法は『第5のがん治療』として期待が高まるなか、難治性の頭頸部がんの治療・治験が世界規模で実施されており、2020年9月にこの治療法が世界に先駆けて承認されたことを受けて現在日本では約60の医療機関でこの治療法が実施、計画されていること。そのうちの一施設として同学付属病院でも2年前より治療を開始していることに触れた。
「今後この光免疫療法が頭頸部がんのみならず種々のがんの治療に寄与する可能性は高い。これを成功させるためには多くの研究資源、優れた人材が必要であるが、本学の新研究所はそれらを提供する日本における研究拠点となり、約30人の研究スタッフとともに始動する運びとなりました。本学はがんで苦しんでおられるひとりでも多くの患者さんを救うために、小林先生とともに光免疫療法の研究と実用に向けて努力してまいります」

続いて、所長に就任した小林久隆先生が、がん光免疫療法の概要と、将来の展望について話した。

「がんに苦しむ患者さんのために、10年後をめどに多種のがんへと適用拡大して、8割のがんをカバーできるようにしていきたい。また、光免疫療法が手術・抗がん剤・放射線治療という三大治療を行う前段階でも実施できることを目指したい」

〈会見要旨〉

世界初の研究所が同学に開設された理由と意義について、小林先生はこう語った。

「何よりもこの治療は当初から患者さんに最小の負担で最大の効果を得ていただくことを目指しているため、この治療に関する臨床と基礎医学をつなげる拠点を日本で作れる好機であると考えて、研究所開設のオファーを承諾した次第です。コロナ禍で往来がままならず間に合うかどうかハラハラする局面もあったが無事に開設の運びとなって安堵している。また、この度の意義として、私の所属する米国(NCI)の研究室へ来ていただいた研究者は20年間で25〜26人おられるが、その方々が日本の各大学へ帰還したあと、それぞれの大学での設備的な研究環境の確保が課題でした。今回このような形で日本国内に研究所を設立して、ここを使えば米国の私の研究室と同等かそれ以上の環境で日本で光免疫療法の研究ができるという利点は大きい。医学のみならず、薬学、化学、エンジニアらがここを共同研究の中心拠点とし連携することがこの研究にとって大きな後押しになると思います」

今後の展望としては現在の条件つき適用である頭頸部以外のがんへの拡大を目指すこととなるという。

「現在、認可されている医薬品は『アキャルックス』1剤であり、治療についても現在は条件つきの早期承認制度の適用となっている。 この適応は、頭頸部がんのなかでも再発難治がんのみである。今後はこの薬剤の適応を拡大し、さらに使える薬剤を増やすことによって、より広い種類のがんをカバーしなければならないと考えています。また、がんを標的にしているこの治療の完治率はいまのところ2割か2割5分程度ではあるが、さらに免疫を強化するようにこの治療を進化させることで、完治率もさらに飛躍的に高められることと思います。光免疫療法は、周知の通り、三木谷浩史さん個人資産の出資から加速度的に実用化に向けて進み、今日に至っているわけですが、1剤を作ることは莫大な資金を要しました。そこを考慮すると、今後もできるだけ少ない抗体で多くのがんをカバーする薬剤の開発を目指すのが現実的です。そして、そのなかでいかに完治率を上げるか。光免疫療法は光でがんを壊しながら、同時に免疫を作ることで、治療により完治する患者さんが増えることになる。そのような目標を持って進むことになります」と自信を見せた。

 また、この研究所は4部門からなるが、小林先生は具体的にこう示した。

「『基盤開発部門』は新しい抗体による薬剤や光を当てる方法・機器などこの治療の基幹技術の開発部門である。さらに、動物実験のみならず、患者さんのなかで免疫がしっかり惹起できる方法を開発・検討していくため『免疫部門』を設置。そして3つめの部門は治療を受けた患者さんから出た生検組織などの検体と基礎実験で治療した実験動物検体などを比較検討して腫瘍の変化や免疫の活性化に関しての病理学的な組織検査を実施するための『腫瘍病理学部門』とさせていただきました。特徴としては光免疫療法の実際の治療を中心に、基礎開発のみならず、できる限り臨床の情報を基礎研究にもフィードバックする仕組みを重視するために、臨床寄りにセットされています。最後の4つめは所長を中心として全体を統括する部門ということになります」と説明し、こう結んだ。

 「保険適用となった治療のメリットを最大限に生かし、基礎から臨床へ、臨床から基礎への連携サイクルをスムーズにし、治療をより改善させて、多くの患者さんが治療の効果を享受でき、がんから完治できるということを最高のアウトプットにしていきたい」



招待されたマスコミ各社から質疑応答が多数寄せられた。

〈主な質疑応答〉

――今後、どのような薬剤を開発されるのか?

 現実的な意味と研究的な意味がありますが、現実的にはすでに乳がんや前立腺がんといった治療の現場で使われているHER2や、PSMAといった薬剤をそのまま使うのが近道ではあります。ただ先述した通り、1剤を開発するのに莫大な費用がかかるため、新規に開発する薬剤は1剤で多くのがんをカバーできることが理想です。

 これまでのHER2などの抗体は投与したら全身に回ってしまうため腫瘍の部位以外でも影響が出てしまう特性がありますが、光免疫療法で行うのであれば、がんだけを選択的に壊し、同時に腫瘍局所のみで免疫を惹起するという利点がある。よってこれまでの抗体治療薬を使用するといってもさらなる効果とより高い安全性が期待できると考えられる。

――今後光免疫療法はメインストリームになりうるのか、それとも手術と併用療法になるのか? 光免疫療法の適用にならない2割のがんはカバーできないのか?

 この治療の立ち位置としては、光免疫療法を施したことによって他の三大治療、抗がん剤や放射線の効果が軽減される理由は見当たりません。光免疫療法は、かなり体に対する負荷や副作用が少ないことがわかっているため、三大治療の先に実施したほうが合理的なのではないかと思われる。逆の場合を考えてみると、例えば放射線治療をすると免疫細胞が落ちてしまうデメリットがある。その状態で光免疫をしても(免疫がいない状態に)効果をフルに発揮できない可能性がある。理論的には、チョイスとして初発の治療として行ってもよいのではないかと考えられる。初発のがんに対して光免疫療法を行う治験がすでにNCI(NIH)で始まっております。最終ゴールは手術を避けられたら良いと思うが、がんが縮小すれば手術の規模も小さくなる。

 光免疫療法が効かなかった場合の2割の患者さんについてのプランもなくはない。例えば、難治性がんの場合などは特別な遺伝子が働いている可能性が考えられるため、遺伝子を使って、EGFRなどの既に使える標的分子が細胞の表面に発現するような遺伝子治療も理論的には考えられる。あくまで可能性の話ではあるが研究面ではそのような手法の開発はありえます。

―― 現在、国立がん研究センター東病院で治験が進められている 食道がん 胃がんについては? そのほかのがんの進捗は?

 治験が行われている食道がんは頭頸部の延長としてとらえられ、同じ抗体EGFR が発現しているケースが多く、胃がんもある程度発現しているため、今後はこのがんにも適用の拡大を目指している。そのほか、EGFRがたくさん出ていると言われているがんは子宮頸がん、そして乳がんのトリプルネガティブといわれるがんである。特にHER2が消えてしまったあとの乳がんはEGFRが相当量発現しているケースが多いため有効であることが基礎実験ではわかっている。さらに乳がんは表面に出ている部位なので光を照射しやすい。このタイプのがんの治療に関する論文も3本はすでに出している。こうしたターゲットさえ出ていればるがんに対しては光免疫療法は非常に効果があると考えられる。

――以前がんの8割は治せるようにしたいとうかがったが、今現在において、将来、がんをどのくらいカバーすることを理想とするか?

 現実的ゴールとして8割を目処に、目指していきたい。そこから先は希少がんもあるが、この治療はそれぞれの薬剤ではなく一つのプラットフォーム(仕組み)として確立することが肝心である。ここが確立してしまえば希少がんであっても、標的抗原が見つけられ(または作られて)そこにくっつく抗体さえあれば治療につなげることができます。ともかく治療として医療経済として成立するレベルというところで、今8割はやはり現実的なラインではないかと思います。

――例えば何年くらいにそういう8割のがんをカバーできる社会が来たらと考えられますか?

 できれば10年で8割のがん患者さんの治療に結びつけたいと思っています。いま2022年ですから32年くらいまでにはそのくらいの治療をできる薬剤が揃えられればと考えている。最初の1剤のハードルが最も高かった。そこから次の2剤目3剤目は並行して1剤目より楽に進む可能性がある。時期も前倒しできたら尚良いと思います。




関西医科大学 山下敏夫理事長インタビュー(2020年10月)

2020年10月、NIH/NCI(アメリカ国立衛生研究所・国立がん研究所)の主任研究員である小林久隆先生と関西医科大学の山下敏夫理事長が調印式に出席、日本における光免疫療法の研究の拠点が、関西医科大学内に創設されることとなった。「関西医大光免疫医学研究所」のスタートは2022年春、ここに至る経緯と今後の構想について山下理事長に語ってもらった――。

日本でもトップクラスの研究力と世界に認められたが、さらにステップアップするために必要なものとは

関西医科大学は、医療の世界では、まだ治験の段階であった光免疫療法の研究を、大学の看板にすることに決めた。いったいなぜか?

「我々は医療人ですから、患者さんを診て、病気を治して、命を救うという究極の使命がありますが、教育・研究も忘れてはいけないと思っています。
本学は、「THE世界大学ランキング」(イギリスの高等教育専門誌「THE(Times Higher Education)」)で日本14位、関西では京大、阪大の次に2年連続で挙げられています。これについては、私は大学の研究領域が評価されたのだと自負しています。
私はかねてより、研究領域のレベルをもう一段上げるには、最先端医学を手がける必要があると思っていました。つまりその領域では「世界でオンリーワン、ナンバーワンの最先端医学研究所」を作る。これは学長時代からの夢でした」
 しかし、実際に最先端医学の研究所を作るとなると、膨大なイニシャルコストとランニングコストがかかる。私立大学は〝研究より経営重視〟と思われがちだが、山下理事長はその疑問に首を振る。

「研究所については、次の3つの条件が揃えば問題なく始められると思っています。
それは①経営基盤、②立地・環境、③テーマとリーダーです。
一つ目は、ずばり経営。福澤諭吉の言葉に「財の独立なくして学の独立なし」という言葉がありますが、資金がなくてはいい研究もいい教育もできない。
二つ目は、立地です。臨床のことを考えれば病院の近く。しかも他の大学と連携して基礎研究をやれるような環境が必要でしょう。
そして三つ目がテーマとリーダー、これが最も重要です。ノーベル賞を取れるような有名な方でも〝新しいテーマ〟となると、そう簡単に出てくるものじゃない。
テーマを決めて後からリーダーを探すという方法、リーダーを決めてからテーマを考えてもらうという方法も試しましたが、結局ピンとくるものはなかった……。
理事長になって10年。大学の財務の立て直しには苦労しましたが、教職員の努力のお陰で何とか堅固な経営基盤を作ることはできた。環境も整備した。しかし、三つ目の条件がずっとクリアできなかったのです。
現在の学舎の研究棟は完成して6年目ですが、構想していた〝1000㎡規模の研究所〟のスペースはずっと空き家のまま。あらゆるオファーを断り続けていました」


きっかけは雑誌で見かけた小林先生のインタビュー記事。直感で「面白い」と思った

山下理事長が光免疫療法に魅せられたのは、副作用が少ないこと、という。

「ビジネス誌をパラパラと見ていたら、『がん治療法の開発者――』そんなタイトルが目に飛び込んできました。とにかく、まずその発想が面白かった。
実は私も、医師としての現役時代に放射線治療や抗がん剤の副作用に苦しんでいる人をいつも目の当たりにしてきました。
光免疫療法はその副作用が少ないということで、素晴らしいことだと思います。そして小林先生は科学者にしては珍しく、経済性や合理性に着目している。患者さんを苦しめない。患者さんに負担をかけない――こんな日本人がいたのか!と目から鱗が落ちる思いでした。
また『Wedge』(2019年5月号)には〝平成から令和へ 新時代に挑む30人〟に小林先生の名前があった。その記事で語っていたのは『光免疫療法を普及させるために、日本に研究拠点を作りたい。そうすれば日本がこの治療法で世界に先んずることができるかもしれない』と。
それは、まさに小林先生と私の長年の夢が重なった瞬間でした。ご実家が兵庫で大学も京大、関西に来てくれる可能性も高い。さっそく小林先生と親しかったという教授を通じて講演を依頼しました。」

2019年10月、小林先生は米国より一時帰国し、関西医科大学での講演が実現した。

「臨床の教授陣はみな〝素晴らしい〟と賞賛の声を上げました。法人側という立場で私も聴いたのですが、そこに大学が目指す方向との齟齬はなかった。
基礎研究でも直接・間接的にでも臨床=患者さんを治すことにつなげられる。企業の事業開発とは違う学者としての視点、〝次の開発〟に向かうためにもアカデミックな解釈が必要だと考えました。
その点で、小林先生も日本の拠点を関西医科大学に置くことの意義に同意してくれたわけです。病人を治したい、命を助けたいという、究極の目的は一緒ですから。」

2020年2月に両者は覚書を交わし、関西医科大学理事会も研究所発足を承認する。

名前は「関西医大光免疫医学研究所」
リーダーとテーマが定まったらあとは人材

がん治療の未来のため、臨床も含め基礎的なものから一つひとつ積み上げて行くという「関西医大光免疫医学研究所」。実際どのような組織になるのだろうか。

「2022年の4月に正式オープン、所長は小林先生です(米NIHと兼務で特別教授に就任)。そこに花岡先生ほか約30人の専任教授と研究者を集めます。
組織は現状で2~3部門を予定していて、今決まっているのは基礎研究部門と、免疫学部門。日本の企業と共同研究を行う場合もここが窓口になると思います。光を当てる機器や薬を注入するための特殊な針、内視鏡などの開発ですね。
かつて、アメリカの小林先生のところに留学していた研究者たちの集う場所でもある。小林先生の〝門下生たち〟にとっても、総合的な拠点になればと。それぞれの所属機関では限界があったと思いますが、ここには最新の実験機器を揃えるつもりです。
また、さまざまな分野の研究者が知恵を出し合えるような、科学にとって理想の環境を作りたいですね。」


期待される成果。
あらゆる部位のがんに対応させていく

手術、放射線、化学療法に加えて、遺伝子治療など世界中で新たながんの治療法が開発されているが、光免疫療法はどういう形で広がっていくのだろうか。

「まず国は頭頸部がんについて認可された。これは非常に意味のあることだと思います。私は前にも触れましたが現役時代、頭頸部治療を臨床でやっていて、術後の患者さんの大変さをよく知っています。当時は拡大手術といって、骨から舌からまわりをごっそり切除して、そこら中から血管を縫合する。治ってもあとが大変ですよ。容姿の問題ではなくて、話すのも噛むのもさまざまな機能が落ちてしまう。それで、手術・放射線・化学療法という三者併用療法に移行していった。
ただこの療法でも、毛が抜ける、匂いがしない、唾が出ない、飲み込めない……と副作用が尋常じゃない。頭頸部がんに関わってきた私としては、本当にこの治療が広まっていけば、それは画期的なことだと思います」

関西医科大学での研究成果が上がれば、近い将来、大腸がん・胃がん・乳がんなど罹患数が多い部位の患者も、治療対象となる。

「ただ患者さんたちに、過度な期待をかけられたら医師も困ってしまう。治療に100%はない。医療経済性を考えれば、保険適用と薬価の問題も残っていますし、副作用も含めて治験もまだまだ数が足りないのは確かです。
いまのところ、治験の対象は〝標準治療で効果がなかった人〟のみですが、光免疫療法が将来標準治療に入っていく可能性は十分にある。本学の附属病院にも多くのがん患者さんがいますので、ゆくゆくは多様ながんに適用されることになると思っていてください。
化学療法にせよ放射線療法にせよ、ほかの治療はそれによって免疫力が低下する。しかし光免疫療法がスゴいのは、単にがん細胞を破壊するだけではなく、そのあとに免疫まで作ってしまうところ――。それが結果的に、どれほどの〝がんの患者さん〟を救うことになるかわかりますか? 超高齢社会を迎える10年後、20年後を考えて、我々はこの研究所を立ち上げようとしているわけです。」