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「 小説宝石 連載時インタビュー」はこちら 大沢さん画像03

「鮫」いちばんの長さになった理由

――『暗約領域 新宿鮫XI』の連載、お疲れさまでした。全十九回、四百字詰め原稿用紙で約千百四十枚の大作です。

大沢
「暗夜行路」(笑)。

――今後の刊行プロモーションのインタビューで本当に言い間違いをされるとアレですので、そろそろ正しいタイトルでご発言を……(編集部注・連載時、打ち合わせ中でも夜の街でも、氏は自ら付けたタイトルをずっと茶化し続けていた)。

大沢
思いつきで付けたタイトルだからな(笑)。

――読み始めるとまさに『暗約領域』というタイトルがぴったりだと思いました。これ以外、ない。読者の方には読んでから感じて頂くしかないのですが。

大沢
うまくいっただけだよ。

――シリーズ十一作目です。

大沢
一作目『新宿鮫』からもうじき三十年か。

――シリーズでいちばんお好きな作品は?

大沢
みんな「不出来な子どもたち」という感じ。不出来な子は可愛いので、決めるのは難しいね。第三者が「あれがいい、これがいい」とやるのは楽しいと思うけど。

――前作『絆回廊 新宿鮫Ⅹ』で鮫島は恋人の晶と別れ、上司であり良き理解者だった桃井も殉職で失う。『暗約領域 新宿鮫XI』はそんな鮫島が殺人現場を目撃し、ある「宝」の存在を知る。
では、「宝」とは何か。誰が、なぜ探しているのか。どこに隠されているのかを探る「宝探し」の物語です。

大沢
鮫島同様「宝」を探す他の登場人物たちも似たような立ち位置で、状況が掴めていない。五里霧中だね。読者も、ある箇所まではキツネにつままれたような気分になるかもしれないという気はしている。

――物語は北新宿のヤミ民泊施設で正体不明の男が殺されているところから始まります。

大沢
『暗約領域』は、実は誰が何の目的で殺したのかを捜査するという、とてもシンプルな話なんだよ。
それが、殺されたのは中国人で、発見したのが鮫島で、怪しげな連中や公安が絡んできて……と、新宿ならではの展開になっていく。

――展開は論理的ですが、先は読めません。「なぜ、こんな流れになっていくんだろう」と。

大沢
そう言われても、「なぜ、こんなふうになったんだろうね」としか言いようがない(笑)。ほんとに書きながら考えているから。

――――脱稿されたときのお気持ちは?

大沢
はっきり思ったのは、これは「鮫島の物語だったんだ」ということ。今までの「新宿鮫」に関しては、事件を書いたり、悪役を書いたりという意識が強かったけど、今回は鮫島という人間を書いた、という感じがした。
昔、書評家の北上次郎さんに「『新宿鮫』は鮫島の物語なんですよ」と説教されたことがあって。同じく書評家の大森望さんが北上さんに「作者より鮫島を愛している」と言った有名な台詞があるんだけど(笑)。

――冒頭から鮫島の孤独が描かれています。

大沢
『絆回廊』のあとの鮫島を、まずはきっちり書かなきゃいけない。何もなかったように日常に戻っています、では、さすがに読者も納得しないだろうし。

――その主人公・鮫島ですが、一作目の時とはキャラクターが変わってきていますね。

大沢
一作目(一九九〇年刊行)の鮫島って、ヤクザを人間扱いしていないから。いきなりベンツの窓を叩き割っちゃったり。ひどいよね(笑)。いまだったら人権問題だろうという話でさ。
あの頃はヤクザはいじめられていなかったからそれでよかったけど。今は違う。

――今回はそれなりにキツい態度を取っていますが(笑)。時代に合わせてやはり描き方も変わっているのですね。

大沢
変な言い方だけど、今のヤクザ、ほんとにかわいそうなぐらいいじめられているから。
安く手に入れた車の車体番号を盗難車に付け替えてヤクザに売ったヤード屋というのが捕まったんだよ。そこで証拠として引っ張り出されていた車が、いわゆる小型のファミリーカー。ヤクザがかよ、と。

――ファミリーカーだからと煽ったら……。

大沢
本物が降りてきちゃったりして。ヤクザはヤクザらしい車に乗ってくれよと、怒られながら泣くパターン(笑)。
それはともかく、一作目のキャラクター造形のままだとあまりにシンプル過ぎて嘘っぽくなってしまうんです。
「遠山の金さん」みたいな時代物だといいけど、キャラクターがシンプル過ぎると、現代もの、ましてや三十年間書いていると持たなくなる。ただ、一気に変えると変になるから、緩やかに方向転換をしている意識はあるな。

――今回、連載の第三回目ぐらいから、「長い作品になる」とおっしゃっていました。

大沢
そうだね。

――連載開始直後のインタビューでは、大沢さんの場合、登場人物の数によって作品の長さが決まる、とおっしゃっています。今回、実はそれほど多くの人物は出てきていないとは思うのですが。

大沢
確かに多くはないかも知れないけど、「広がっていった」ね。
捜査する鮫島サイドだけでなく、殺人事件や「宝」を巡る他のサイドの人間模様や想いを描かなければいけなかった。だから今回は長くせざるを得ない。中途半端でやめると駄目な作品になってしまう。

――物語の構造を考えたときに、書かなければいけない登場人物がいるということですか。

大沢
当たり前だけど、登場人物が出きっていないうちに終わってしまってはいけない。ピースが足りていないということだよね。
俺の場合、ピースをどういうふうにはめ込むかを考えながら書いているので、いきなり飛ばしてしまうと、そのあとの話の流れがうまくいかなくなるんだよね。「こいつがいきなりこのことを知っているのはおかしいんじゃないか」とか。
他人の小説でもそれを感じることはよくあるけれども、自分の小説ではそれがあっちゃいけないと思うので。ご都合主義と言われちゃうから。まあ、どうしてもゼロには出来ないけどさ。
さっき、シンプルな話だと言ったけど、結局はただ殺人事件を追っている話では終わらないなと書いていて気づいた。人が一人殺されることによって、隠されていたもの、「宝」の存在が浮かび上がる。そしてその周辺にはそれを巡る人間模様がある。
テーマを宝探しにしようと思いついたときは、一般的な意味合いでの「宝物」として考えていたけれども、書き始めたら、登場人物たちが 皆、欲望で動いているわけではなかった。そういうものにむしろ否定的な動きをしている者もいれば、「宝」を武器にして人を動かそうと考えている者もいる。
つまり、「宝」そのものは財産や大金に化けるわけではないのに、誰もが目の色を変えて探している。
それはなぜなのか、を描く。途中から、それでいいのではと思いました。
そうなると、個々の想いなどや人間模様をしっかり描かざるを得ない。
それで、長くなる、と言ったんです。

新キャラクターの造形秘話

――未読の方のために、ここでは触れられない人物もいますが、どのキャラクターも印象深く描かれています。
 例えば、今回も重要な役割を担い『絆回廊 新宿鮫Ⅹ』にも登場した国際的犯罪者・陸永昌。その彼と手を組み、謎の動きを見せる女・マリカ。

大沢
マリカか。ずるさと可愛らしさを持たせなくてはいけないキャラクターだけど、やり過ぎると俗に流れて安いキャバクラ嬢みたいになる。どうやって、次第に怖い女に見せていくか。難しかったね。
また、国家を意識しない女性が多いように思うけど、彼女ははっきりルサンチマン(憎悪)を国家に対して持っていたり、男女の性愛や趣味嗜好が自分の人生哲学と直結している。そういう意味では、書いていて独特の女性だったね。
とはいえ、マリカほど悪くはないけど、実際、そういうタイプの女性は夜の世界にはいたりするから、俺的には比較的書き慣れているというか、書きやすいというか。
さんざん引っかかってきたタイプの女性です(笑)。

――マリカ、大変リアリティがありました(真顔)。

大沢
褒められても困るんだよ、そういうのは!(笑)

――もう一人、重要な女性キャラクターで、桃井亡き後の上司として登場した阿坂がいます。

大沢
これは最初から、上司を女性にしようと決めていました。ただ、どういうキャラクターにするのかは、連載開始時のインタビューでも言ったけど、決めていなかった。
ただの意地悪とか、ただの杓子定規じゃないようにしようとは思っていた。もっと面倒臭くしたかった。その上、女性のノンキャリで警視まで上がるわけだから強さも持っている。その強さと鮫島がぶつかるというシチュエーションは考えなきゃいけなかった。
その、彼女の持つ「強さ」がいったい何なのかを、書きだすまで決めていなかったんだよね。
実際に鮫島と阿坂が出会う場面で、「私は原理原則にこだわる人間なのだ」というようなことを言ったときに、「ああ、これだ!」と思ったんだよね。

――ご自身が作った登場人物の台詞で「これだ!」と?

大沢
そう(笑)。

――なぜ、その台詞が出てきたのですか?

大沢
知らない。出てきちゃったんだよね。

――阿坂のそういう性格は、ストーリーの流れ、特に前半は大きな影響を与えています。彼女は信念を持っている。しかし信念に矛盾しない限りは相手のことを認める。

大沢
そうだね。
鮫島は鮫島で、警察官という職業に対して彼女が持っている信念に「この人はすごい」と敬意を払っている。
鮫島はキャリアだったけど、いろいろな事情があった。そこから警察官の理想像を自分で作り上げて、それに忠実に生きているタイプです。
でも、阿坂は最初から警察に対して「かくあるべし」という信念があって、そこから外れるヤツは警察官として許せないところがある。「怪我なんか恐れるヤツは警官じゃない」とか。彼女のそういう部分をすごいと鮫島が感じているのが読者に伝わるといいなと思います。
男は浪花節的に丸め込むようなところがある。例えば、体を張るときでも、義理人情や情緒が原動力だったりするけれども、彼女の場合は違うだろうね。「仕事ですから」と、クールな感じで命を張るタイプというのかな。
さらに阿坂は、家庭もあって子供も育てている。
そういう部分が今後かっこよく書ければと思う。

――次の「鮫」でも阿坂は出てくるということですね。

大沢
もちろん。新宿鮫が新宿署にいる限り、阿坂が異動にならなければ、しばらくは上司でいるわけだよね。
ただ、今後の二人の関係がどうなっていくのかは分からない。つまり、完全にバディ(相棒)化していくかというと、そうではないような気がしているんだよね。要所要所でぶつかると思う。
正面切ってぶつかるわけではないけれども、女性独特のしなやかさで、「ああ、あなたはそういうやり方をするのね」と言いながら味方にもならないかもしれないし、敵対するときはガッツリ敵対してくるかもしれない。
先日、田辺聖子さん(二〇一九年六月逝去。大沢氏の直木賞受賞時の選考委員)のお別れの会に出て、お土産に田辺聖子さんの言葉が書いてあるメモパッドを頂きました。
一枚一枚に田辺さんの箴(しん)言(げん)が書いてあるんだけど、その中で「女とは、『でもね』で結論をひっくりかえすものである」というのがあった。女性である田辺聖子さんがそれを分かっているというのがすごいことだけど、結婚生活を営んでいる男は全員、胸に落ちる台詞(笑)。
阿坂も「でもね」って、そのうち言うんじゃないかなという気はしています(笑)。

――阿坂が上司になったことで、鮫島にとっては、新宿署に来て初めて相棒と組むことになりました。矢崎という後輩です。

大沢
矢崎に関しては、鮫島に相棒をつけるというのは考えていたけれども、ああいう形の相棒になるのは、後出しというか、途中で考えました。

――途中で?

大沢
だから、書く前はほんとに何も考えてないんだって(笑)。

――相棒と一緒に鮫島を動かすのは、どんな感じでしたか。

大沢
めんどくせえなと(笑)。いちいち説明しなきゃいけねえし、みたいな。
まあ、若い相棒だから、鮫島が「こうする」と言えば黙ってついてくるけれど。でも、矢崎が妙に老成しているところがあって、それが「ああ、そういうことだったのね」となるのは、小説としてありかなとは思う。
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その後ろにはボスキャラが……

――「鮫」シリーズの読みどころのひとつでもあるのですが、魅力的な脇役もたくさん出てきます。どのキャラクターにも見せ場や名台詞があります。今作では、元裏ビデオ屋のラーメン屋とか。

大沢
(笑)。

――小説前半に登場する彼ら自体もとても印象的に描かれていますし、登場時点では重要な人物なのですが、ストーリーが進むにつれ、さらに濃くて強いキャラクターが出てきます。

大沢
人の後ろにさらに人がいる、という感じ。その連なりを描くのに「長さ」が必要になった。

――次のステージではさらに強いボスキャラが待っているという感じでした。

大沢
そう思って頂けると嬉しいです。

――瞬間しか出てこない藪の弟子もいいですね。

大沢
横浜のね。

――藪と言えば、鮫島の相談相手だった桃井亡き後を受け継ぐような存在になりました。

大沢
そうだね。会話の相手をつとめながら情報を提示する役になったね。
本当は、また桃井と同じパターンになっちゃいそうだからイヤだったんだけど、藪からの情報って、常に末端の情報というか、細部の情報なんだよね。細部の情報を使って、本質的なものに迫っていく。「この銃はこうだから、使ったヤツはこういう人間なんじゃないか」と遡(さかのぼ)っていく。そこが桃井とは違う点。 藪は自分の視点からしか物事を見ていない。でもそれが、こと得意な銃器が絡んだ犯罪になると、正確にいろいろなものを掴んでいくのが藪の持ち味。新しさが出たと思う。

――鮫島とは同じキャリアでありながら若い頃からぶつかりあい、今は全く違う立場にいる因縁のライバル、香田も登場します。彼にも新しい面が出てきました。鮫島とあるミッションを共にもします。

大沢
香田って、どんどんおいしくなるというかね。最初の頃はわかりやすい形での敵役でしかなかったけれども、カラオケボックスで独りで歌っていたり、どんどん「よくなる」よね(笑)。
前作『絆回廊』でも、鮫島とコインの裏表だというのが出てきたときに、「香田、いいよね」という読者が多くなってきた。

――香田のファンがまた増えそうですね。

大沢
香田萌え(笑)。
俺は、香田ってめんどくさいヤツだなと思うけどね。あんな、いかにも東大出みたいなヤツは嫌いだ(笑)。 でも、彼はコミカルな場面も似合うんだよね。俺も「えっ、香田って、こういうことをしちゃうわけ?」と、自分で書いていて驚いたりした。

次作の「鮫」について

――連載開始時のインタビューで、肥大化した新宿鮫の世界に見合う、高い足場を組み立てなければとおっしゃっていましたが、実際はどのあたりがそれに相当しましたか?

大沢
最初の設定だね。
魅力的な事件や、ポスト桃井、ポスト晶をどうするかも必要だけど、まず、『絆回廊』以降の鮫島を見せなくてはいけない。そのためにはいきなり鮫島と事件の本体みたいなものとを向き合わせる必要があった。
いままでの「新宿鮫」なら、ヤミ民泊を摘発しようとしたら、というワンクッションがあって大きな事件に繋がっていくけど、今回は鮫島がいきなり殺人事件に遭遇する。しかもそこに公安が出てきて事件をかっさらっていくけど、自暴自棄的な捜査をすることによって自分を追い込み、孤独や苦しみを紛らわしている鮫島は視野が狭くになっているので無視をする。
そんな中、阿坂が出てきたり、矢崎を相棒につけられたことで、鮫島は少し落ち着いてくる。状況が見えてくる。『絆回廊』で起こったことが彼の中で中和されていく。
そういうものを書かなきゃいけない。
最初に今回は鮫島という人間を書いた、と言ったけど、そう考えると、鮫島自体が「高い足場」だったのかもしれません。
最終回を渡した後、担当者からのメールで、これは鮫島の再生の物語ですねとあった。ああ、その通りだなと思った。
鮫島にとって、『絆回廊』で失ったものから自分の日常に戻れるきっかけになるのが、今回の事件だったのかなと。
日常なんてつまらないけど、なくしてみると、いかに貴重だったかわかる。
『暗約領域』は、まさに鮫島の再生の物語だね。
次の「鮫」……と言うと、担当編集者がまた調子こくんだけど(編集部注・こいてます)、『暗約領域』は「新・新宿鮫」への、まさに繋ぎの作品となったと思う。
次の「新宿鮫」は、また違いますよ、と。
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