佐伯泰英さんの待望の書き下ろし最新作 新酒番船 新たな冒険の物語が幕を開ける! 佐伯泰英さんの待望の書き下ろし最新作 新酒番船 新たな冒険の物語が幕を開ける!

内容紹介

海次は18歳。丹波杜氏である父に倣い、灘の酒蔵・樽屋の蔵人見習となったが、海次の興味は酒造りより、新酒を江戸に運ぶ新酒番船の勇壮な競争にあった。番船に密かに乗り込む海次だったが、その胸にはもうすぐ兄と結婚してしまう幼なじみ、小雪の面影が過っていた――。海を、未知の世界を見たい。若い海次と、それを見守る小雪、ふたりが歩み出す冒険の物語。

登場人物紹介

  • 海次18歳。丹波篠山から灘五郷に出稼ぎで酒造りを行う「丹波杜氏」の見習。海に憧れている。見習2年目にして、掟を破り、江戸に新酒を運ぶ競争を行う新酒番船・三井丸に乗り込もうと画策する。
  • 長五郎海次の父。
    灘の酒蔵・樽屋で働く丹波杜氏の四代目頭司。
  • 山太郎海次の兄。
    父の跡を継ぎ、頭司五代目になるべく奮闘中。
  • 小雪海次の幼なじみ。
    山太郎との祝言を間近に控えている。

〈三井丸の人々〉

辰五郎
新酒番船・三井丸の沖船頭。「疾風の辰五郎」の異名を持つ。
弥曽次
三井丸の水夫頭。オヤジと呼ばれる、辰五郎の腹心。

〈浪速丸の人々〉

お薫
伊丹の酒蔵・大西屋の娘。ある理由で、新酒番船・浪速丸に潜り込む。
文次郎
三井丸の水夫頭。オヤジと呼ばれる、辰五郎の腹心。

新酒番船とは?

人口が多い江戸は、伊丹・灘など、関西の酒蔵で作られる「下り酒」の一大消費都市であった。最初の頃は馬に載せて東海道を運ばれた「下り酒」だったが、そのうちに樽廻船と呼ばれる帆船を仕立てて、スピーディーに海上輸送されるようになった。 新酒番船とは、その年に関西で生産された新酒を運ぶレースを行った船のこと。酒蔵が仕立てた番船が15隻、江戸・品川まで一刻も早く新酒を届けるレースをした。最も早く品川に到着した船が「惣一番」と呼ばれ、「惣一番」を取った銘柄の酒は、優先的に流通され、最も高値で取引されたという。 味より何より、「最も早い」という価値が重宝されたのは、まるで現代の人々がその年に最も早く醸造されたワイン「ボジョレー・ヌーヴォー」を競って飲むようなものか。 「新しもの好き」の江戸の文化の特徴と、その文化的DNAが現代まで受け継がれていることがわかるようだ。 新酒番船の競争は「粋」なイベントとして、江戸の人々を熱狂させていた。

  • 新酒番船航路図

    新酒番船は西宮浦をスタートし、江戸の品川浜まで、およそ700キロメートルの航路をおよそ4~5日で航行したというから、当時の造船技術や船舶の航行技術が優れていたことが推測できる。作品中で、「三井丸」は遅れを取り戻すのに、ある「秘策」を打ち出すので、お楽しみに。

  • 番船の図解

    主人公の海次が密かに乗り込むのが、西宮の廻船問屋・鹽屋が大金をはたいて新造した番船「三井丸」。通常の新酒番船(弁才船)は、メインの帆柱1本に横帆(角帆)1枚の造りだが、「三井丸」は2本の帆柱に2枚の縦帆を持つ。三井丸は肥前長崎でオランダ帆船を参考に建造された、和洋折衷の新型帆船なのだ。

特別エッセイ

佐伯泰英さん特別エッセイ(『新酒番船』あとがきより転載)

 「吉原裏同心」シリーズの一作目は、二〇〇三年の春だから十八年目を迎えた。先行した「夏目影二郎始末旅」シリーズは、十五巻目『神君狩り』が二〇一四年十月に刊行されてめでたく完結した。

 長いシリーズばかりを書き継いでいくのは、こちらの老化もあって少々つらくなった。出版事情も長期シリーズには適さなくなったと思う。そんなわけでなんとなく新しい読み物を書いてみたくなった。
 それが今回の『新酒番船』だ。
 上方の灘五郷や伏見で醸造された下り酒を積んで江戸までの速さを帆船十五隻が競う。一番手になった番船は、勝利の栄誉とともに一年間高値で積んでいた銘酒が取引きされ、莫大な富を得る。船乗りの誇りと実利の伴う競争だ。
 まるで中国からイギリスに向かって争われたティー・クリッパーのような「海戦」が、それ以前の江戸時代初期から毎年繰り返されてきたと知って、
 「よし、これでいこう」
 と思った。

 西宮浦から江戸の内海の品川沖まで海路およそ七百キロ、厳しい潮流と風に抗して速い新酒番船は二泊三日で走破したという。そのことを知っただけで私は久しぶりに興奮した。
 これまで海洋小説のごとき物語は、武と商を兼ねた「古着屋総兵衛」「交代寄合伊那衆異聞」と二シリーズにおいて書いてきた。
 海や船に詳しいか、好きなんですね、と読者諸氏に問われれば「ううーん」と唸るしかない。なぜならば、この私、めっぽう船に弱いのだ、凪いだ内海のフェリーでも船酔いを起こすほどだ。
 何年前のことか。コルシカ島に家族で旅をして、港から数キロ先の、眺望のよい岬の先端に向かった。
 岬に近づくとほぼ満員のフェリーは前後左右に揉みしだかれて、周りでは観光客が揺れる船を楽しんでいるような笑い声が交差していた。
 こちらは、いけません、吐きたいのを必死で堪えていた。岬先端で乗客は下りてしばし散策し、またフェリーで港に帰るという。下船して腰を抜かして岩場に座り込んだ私は、家族を説き伏せて岬に開いていたカフェからタクシーを呼んでもらい、ホテルに戻ったことがある。
 コロナ禍が蔓延する前から、クルーズ船による世界一周の旅など滅相もございません。
船賃を割り引く、あるいはただにすると言われても、結構ですと断ります。
 事のついでに申し上げます。

 床に入って為すルーティンがある。大海原をいく船に乗っている自分を想像する。するとなぜか安心なのだ。海と船は、母なる存在なのか、安心して眠りに就けるのだ。この歳になって、なんてことをと思われる読者諸氏もおられよう。でも、事実なのだ。毎晩の行事なのです。
 そんな私ゆえ大海原を競争する新酒番船に興奮したのかもしれない、現実は船酔いするというのに、これいかにだ。
 小説家と講談師はワープロお任せ、口から出まかせの職業だ。毎晩半覚半睡で想像する光景を書いてみた。

 とはいえ、命を張った新酒番船が舞台となると、やはり、
「男の世界」
 だ。武骨過ぎる。そこでちょっとだけ工夫して、ふたりの娘をからませ、時折、娘の視点から見た新酒番船の世界になったのではないか、筆者は自画自賛(?)している。

 私が文庫書下ろし時代小説に転じて書き始めた二十余年前とは、時代小説も大きく変わった。その当時の時代小説の表紙は、侍や浪人者が刀を振りかざすような絵が主流だった。だが、今では時代小説に女性作家が多数参入し、女性の視点から江戸を見直し、これまでモティーフには考えられなかった料理や女職人の話が加わり、時代小説の読み物世界の内容そのものが大きく広がり、変化した。
 当然、編集者も作家も書店さんも女性読者の存在を、見方を大事にしなければ生き残れないと思う。

 「新・吉原裏同心抄」シリーズの合間に一年一作、女性の眼差しで見た江戸世界を丁寧に描いていけたら、最終的にはオムニバス映画のような雰囲気になればと作者は願っている。
 ともかく表紙を描いてくれた小林万希子さんの世界のように美しい物語であればよいのだが。

令和二年五月吉日 熱海にて

佐伯泰英

プロフィール

佐伯泰英氏

佐伯泰英 (さえき・やすひで)

1942年北九州市生まれ。闘牛カメラマンとして海外で活躍後、主にノンフィクション作品を発表する。’99年初の時代小説「密命」シリーズを手始めに、次々と時代小説を発表。文庫書下ろし作品のみで累計6500万部突破の快挙を成し遂げる。大好評の「吉原裏同心」「夏目影二郎始末旅」シリーズ(小社刊)の他、2019年に映画化された「居眠り磐音」、「酔いどれ小籐次」「新・酔いどれ小籐次」「交代寄合伊那衆異聞」「古着屋総兵衛影始末」「新・古着屋総兵衛」「鎌倉河岸捕物控」「空也十番勝負 青春篇」などの各シリーズで幅広い読者層から支持を得ている。

佐伯泰英ウェブサイト
https://www.saeki-bunko.jp/