佐伯泰英 文庫書き下ろし最新作 浮世小路の姉妹 6月14日発売! 佐伯泰英 文庫書き下ろし最新作 浮世小路の姉妹 6月14日発売!

内容紹介

町火消い組の鳶見習の昇吉は、老舗料理茶屋うきよしょうじの姉妹、お佳世とお澄を知る。半年前の火事で両親と店を失った姉妹は、未だ火付けの下手人に狙われているらしい。 い組の若頭吉五郎の命で下手人を探ることになった昇吉。 探索の過程で、昇吉はお澄に関するある真実を知ることになる――。 大江戸日本橋を舞台にした若者たちの、初々しく力強い成長の物語。

登場人物紹介

  • 昇吉17歳。
    町火消い組の鳶見習。
  • お佳世日本橋にある老舗料理茶屋・加賀屋うきよしょうじの姉娘。
    半年前の火事で店と両親を失う。
  • お澄うきよしょうじの妹娘。
    お佳世と支え合って生きる。
  • 吉五郎町火消い組の若頭。
    昇吉を教え導く存在。

町火消とは?

徳川幕府の始まった頃より、江戸の町は何度も大火に見舞われていた。
江戸時当初は消火より武家屋敷や江戸城の防衛が優先されていたが、江戸の町を焼き尽くした明暦の大火(1657)の後、幕府は武士による定火消を設け、役人や火消し人足が消火に当たった。
享保3年(1718)になると、町奉行から町火消設置の通達がなされ、その後いろは47組となり、纏幟(まといのぼり)の制度が設けられた。
物語の主人公・昇吉は、日本橋北側の町を担当するい組の鳶見習。
江戸の町の消火は、延焼しないように鳶口などの道具を使って家々を破壊することが中心だったため、一般の町人ではなく、鳶の人々が行っていた。

浮世小路とは?

江戸時代、日本橋に実在した横町の名前。作品での描写と同じように、食べ物屋が多く立ち並んでいたという。
落語「百川」の舞台としても知られる。
現在、商業施設COREDO室町の北側にある道がかつての浮世小路であり、近くの福徳神社参道が「新浮世小路」と呼ばれている。
高層ビルが立ち並ぶ日本橋の町は江戸の頃から大きく変化しているが、当時の区画の残る街並みを、面影を求めて巡るのも一興。

 浮世小路周辺図  
浮世小路周辺図

特別エッセイ

佐伯泰英さん特別エッセイ(『浮世小路の姉妹』「あとがき」より転載)

 オムニバス『浮世小路の姉妹』を書こうと筆者が思い付いたのは一冊の本、”The Kidai Shōran Scroll: TOKYO STREET LIFE IN THE EDO PERIOD”を娘に知らされたことがきっかけだ。二百十七年前(文化二年)の日本橋通りを描いた「熈代勝覧(きだいしょうらん)」絵巻のサイズは、紙幅およそ四三センチ、長さは一二・三二メートルと長大なもので、絵師は不明だ。だが、この絵巻を本物ではなくとも写しを見ただけで人はたちまち魅了されることだろう。ちなみに本物の「熈代勝覧」はベルリン国立アジア美術館(旧ベルリン東洋美術館)に所蔵されている。コロナ禍がなければわが親子はすぐにでもベルリンに飛びたいのだが、残念なことにパンデミックは直ぐに鎮まりそうにない。
 そこで光文社文庫編集部と相談して「熈代勝覧」の絵巻を舞台に、オムニバスの一巻として物語を創作することにした。
 私の場合、物語の舞台が、このように日本橋通りと限定されて執筆するのは甚だ珍しい。具体的な映像に刺激されて物語を書くのは、私にとって「しんどい作業」なのだ。
 さてこの絵巻に神田今川橋から日本橋までおよそ七町(七六〇メートル)が描写されており、(私は数えたことはございませんが)小澤弘氏、小林忠氏によると、千六百七十一人の老若男女、犬二十匹、馬十三頭、牛四頭、猿一匹、鷹二羽が細かくも活気を帯びて描かれている。
 ともあれ江戸文化が爛熟した文化・文政期の一本の通りにお店から露天商い、棒手振りまでと江戸後期の日常が細密に描写されているなんて、
「凄い」
 の一語だ。

 いまも江戸期も日本橋界隈は、商業地域にしてファッショナブルな地域である。むろん日本橋は五街道の起点、交通の要衝でもある。
 物語のタイトルとなった浮世小路は、室町三丁目の間を東西に延びた小路で、魚河岸に接した伊勢町堀の堀留に突き当たる横町だ。
 さあてどんな登場人物をと考えて「熈代勝覧」の登場人物を見たが、どの人物も主役を張れる存在感のあるスターばかりだ。こりゃ、最初から絵巻に物語が負けるわな、と思ったが絵巻の世界を放り出すわけにはいかない。
 ともかく日本橋界隈育ちの姉妹に落ち着いた。
 物語は、読者諸氏に読んでもらうとして、大変苦労されたのは装丁家の小林万希子さんではなかろうか。「熈代勝覧」の世界を向こうに回して表紙世界を描写するのは、「えらいこっちゃ」だ。が、読者諸氏がご覧のとおり、江戸の絵巻物に真っ向勝負の表紙になった。

 オムニバスも『新酒番船』『出絞と花かんざし』、そして今回の『浮世小路の姉妹』で三作になった。長いシリーズとは違い、一作一作楽しみながら書いていこうと思う。
 コロナ禍が収まった暁には、ベルリン国立アジア美術館に本物の絵巻「熈代勝覧」を見に行くぞ、と考えている。コロナウイルスめ、外国旅行もままならない時世が三年目に入った。先に収束・終結するのはウイルス感染かロシアのウクライナ侵略か。八十の爺様が生きているうちに「熈代勝覧」の本物に会わせてくれ、と朝風呂のなかで八百万の神様に願う毎日である。

二〇二二年四月

佐伯泰英

【参考文献】
“The Kidai Shōran Scroll : TOKYO STREET LIFE IN THE EDO PERIOD”Ozawa Hiromu and Kobayashi Tadashi ; translated by Juliet Winters Carpenter(JAPAN LIBRARY), Japan Pub. Industry Foundation for Culture, 2020
『『熈代勝覧』の日本橋 (アートセレクション)』小澤弘、小林忠著、小学館、二〇〇六年

 『熈代勝覧』絵巻 日本橋周辺部分  
『熈代勝覧』絵巻 日本橋周辺部分(作者不明、文化2年[1805]頃?43.7×1232.2cm 紙本著色、ベルリン国立アジア美術館蔵)

※原画を約1.4倍に拡大した複製絵巻(1.53×16.8m)は 東京メトロ銀座線、半蔵門線「三越前」駅地下コンコース内、日本橋三越本店本館、地下中央口付近の壁面にて鑑賞できます。

プロフィール

佐伯泰英氏

佐伯泰英 (さえき・やすひで)

1942年北九州市生まれ。闘牛カメラマンとして海外で活躍後、主にノンフィクション作品を発表する。’99年初の時代小説「密命」シリーズを手始めに、次々と時代小説を発表。文庫書下ろし作品のみで累計6500万部突破の快挙を成し遂げる。大好評の「吉原裏同心」「夏目影二郎始末旅」シリーズ(小社刊)の他、2019年に映画化された「居眠り磐音」、「酔いどれ小籐次」「新・酔いどれ小籐次」「交代寄合伊那衆異聞」「古着屋総兵衛影始末」「新・古着屋総兵衛」「鎌倉河岸捕物控」「空也十番勝負 青春篇」「照降町四季」などの各シリーズで幅広い読者層から支持を得ている。

佐伯泰英ウェブサイト
https://www.saeki-bunko.jp/