■1章 なんだか、ちょっと憂鬱で①

今日という日が完璧な一日とまではいかなくても、大丈夫といえる一日になると信じること。
一日中憂鬱でも、小さなことで一度ぐらいは笑うことができるのが生きることだと信じること

なんだか、ちょっと憂鬱で

 幻聴が聞こえ、幻覚が見え、自傷するだけが病気なのではない。ちょっとした風邪でも身体の具合が悪くなるように、ちょっとした落ち込みが人の心に病をもたらす。
 幼い頃から、内気で小心者だった。はっきりとは覚えていないが、過去の日記を読み返してみると、前向きな方ではなかったし、わりとひんぱんに暗い気持ちになっていたようだ。高校生の時から本格的に憂鬱感がひどくなったが、その時は勉強もせず、大学も行かず、将来も見えなかったから、憂鬱なのが当たり前だと思っていた。でも、その時の悩み(ダイエット、大学、恋愛、友だち)が全て解決した後も、同じように憂鬱だった。その憂鬱さは、いつもというわけではなく、波があった。ひどく気持ちがダウンする日もあったし、幸せな気持ちで眠れる日もあった。ストレスで胃がもたれ、憂鬱な時は泣いた。私は生まれつき憂鬱な人間なのだと思い、だんだん暗くなっていった。
 他人に対する恐怖心や不安感が強く、特に慣れない環境ではひどい不安に苛まれたが、そんなそぶりは見せないように上手に演じていた。演じられるのだから大丈夫だと自分に言い聞かせ、さらに自分にムチ打った。でもそのうちに、もう耐えられなくなり、カウンセリングを受ける決心をした。ものすごく緊張したし、怖かったけれど、期待を抱いて診察室に入ったのだった。


先生どうされましたか?
えっと、なんというか、ちょっと憂鬱な気持ちというか、詳しく話した方がいいですか?
先生そうしていただけたら、私は助かります。
(携帯電話のメモ帳を開いて、書いておいたことを話した)深刻なまでに自分と他人とを比較する、そこからくる自己否定、私は自己肯定感が低いんだと思います。
先生何が原因か、考えたことはありますか?
自己肯定感が低いのは、家庭環境のせいだと思います。子供の頃から母はいつも「うちは貧乏だ、貧乏だ。お金がない」が口癖でした。5人家族にしては家が狭かったのです(18坪だった)。うちと同じ名前のマンションが町内にあり、そちらはとても広かったのですが、ある日、広い方と狭い方のどっちに住んでいるのかと友だちのお母さんに聞かれて、それからは家を教えるのが恥ずかしくなりました。
先生その他に思い出すことはありますか?
それはもう、たくさん。陳腐な話ですが、父は母を殴っていました。夫婦喧嘩といえば聞こえはいいのですが、ただの暴力です。子供の頃を思い出すと、母と私たちに暴力を振るい、家財道具にも八つ当たりした挙げ句、真夜中に家を出ていく父や、泣きながら寝入ってしまって朝になり、めちゃくちゃになった家から学校に行った自分たちを思い出します。
先生どんな気持ちになりますか?
悲惨というか、悲しみというか? うちの家族以外には知られてはいけない秘密が積もっていくような気分でした。隠さなければいけないと思っていたんです。姉は私に、私は妹に口止めをします。それと自己肯定感が低いのは、家庭環境もそうなんですが、姉との関係も大きいと思います。
先生お姉さんとの関係ですか?
はい、姉の愛はいつも条件付きのものでした。私が勉強をしなかったり太ったり、何かを一生懸命頑張っていないと、私を蔑んだり、虐めたり、侮辱したりしました。年が離れていることもあり、姉の言うことは絶対でした。経済的な部分も、姉に縛られていました。姉が服や靴、カバンなどを買ってくれていたのです。そういうことがこちらの弱みになりました。姉は私が反抗したり、言うことを聞かないと、買ってくれたものを全部取り上げてしまいました。
先生抜け出したくなかったですか?
抜け出したかったです。間違った関係だと思いました。姉はとても矛盾していたんです。自分はよくても、あなたはダメ、という論法? 私は外泊してもいいけど、あなたはダメ。私はあなたの服を着てもいいけど、あなたはダメ。そんなふうに。ただ、完全に愛憎が入り混じっていたと思うのは、姉のことがとても嫌なのに、姉が怒って私に関心をなくしてしまうと、それがものすごく怖かったんです。
先生あなたは、そういう関係性から抜け出そうとする努力はしましたか?
うーん、私が大人になってアルバイトを始めてから、まずは経済的な部分で自立したいと言いました。アルバイトを平日も週末もずっとしながら、少しずつ経済的には自立できました。
先生精神的にはどうですか?
それは本当に大変でした。姉は、私以外の人間ではボーイフレンドとつきあうだけでした。彼は姉の言うことをちゃんと聞いてくれるし、性格をよくわかっていて合わせてくれるのですから、楽に決まっています。ある日、姉が私と一緒にいる時に「他の人といてもつまらないのよね。あなたといるのが一番面白いし、気楽だわ」と言ったので呆れてしまって、初めて勇気を出して言いました。私は姉さんが気詰まりだと、気楽なんかじゃないと。
先生お姉さんの反応はどうでした?
本当に驚いたというか、ショックだったみたいです。後になって姉に聞いてみたら、毎晩泣いていたとか。今もその話になると、泣きそうな顔をします。
先生お姉さんのそんな様子を見て、どう思いましたか?
ちょっと胸が痛むというか、でも、すっきりしました。自由になったような。少しだけですけど。
先生お姉さんとの依存関係から抜け出した後も、自分への自信は取り戻せなかったのですか?
たまに自信が持てることもあったのですが、性格と憂鬱さはそのままだったと思います。姉への依存が、恋人に代わっただけで。
先生恋愛はどんなふうにするのですか? 好きな人ができたら、自分から近づいていく、積極的なタイプですか?
いいえ、全然。もし誰かを好きになっても、相手に軽く見られるのが嫌なので、好きなのがバレないようにします。告白するとか自分から声をかけようと思ったことはありません。だからいつも受け身な恋愛をするタイプです。誰かが私を好きだといえば、とりあえず会ってみて、その人を知っていくうちに好感が持てれば恋人になるというパターンでしょうか。