■1章 なんだか、ちょっと憂鬱で③

(1週間後)

先生調子はどうですか?
顕忠日(朝鮮戦争で国のために戦った軍人を追悼する国民の祝日)の前日までは憂鬱でしたが、その後は大丈夫でした。実は前回、言わなかったことがあるのです。先生が私に、ロボットになりたいみたいだとおっしゃったじゃないですか。他人に迷惑をかけちゃだめだという、自分の中のルールが厳しくなって、強迫観念というのでしょうか、日常生活に支障が出ています。例えばバスの中で大きな声で話したり、電話をする人とかを見ると、ものすごく腹が立つのです。首を絞めてやりたいくらい。実際にはできないのですが。
先生それで罪悪感を感じるのですね。
はい、10回に1、2回は静かにしてくださいと言えるんですが、8回は何も言えません。そんな自分に対する罪悪感がひどいのです。会社でも他人のキーボードの音が気になって仕事に集中できなくて、音がうるさい同僚に直接言いに行ったこともあります。言ったら、すっきりしたのですが。
先生うるさくする人間に静かにしろと言えなかったと、そんなにつらくなるものでしょうか? まるで「どうしたら、自分を苦しめることができるか」と思い悩んでいる人みたいですね。人間はみんな卑怯なものです。でも、あなたは卑怯でいてはいけないと自分にプレッシャーをかけて、10回中1回は注意しているのに、それでもダメなんですか?
私は10回中10回、もれなく言いたいのです。
先生そうしたからって、幸せになれますか? 10回中10回注意して、「すっかり良くなりました。楽になりました」とはいかないでしょう。人の反応はそれぞれ違いますから。他人を批判すればいいのに、無理に自分のせいにしていますよね。何か言ったところで聞く耳を持たない人々を避けるのだって、自分を守るためには必要です。根本的な部分を探して、一つ一つ正していこうなんて不可能ですよ。ご自分の身体は一つなのに、荷が重すぎるでしょう。
なんで私はこうなんでしょう?
先生いい子だから?(私はこの言葉には同意しない)
わざとに道にゴミを捨てたり、バスの中で大声で電話してもみたのですが、気分はイマイチでした。でもまあ、解放感はありました。
先生イマイチだったのなら、無理にしない方がいいですよ。
人間が多面的だというのはわかっているんです。でも、それを受け入れられないみたいです。
先生人を一つの面だけで見ていると、他人に対してだけではなく、自分を見る時もそうなります。一度ぐらいは怖い人になってもいいんじゃないでしょうか。例えばあなたが理想とする人物を思い浮かべて、「あの人でも怒るでしょう? あの人だって全ては許さないでしょう?」そう考えてから怒ってもいいんです。そのせいで他人にキツイと思われてもね。あなたはどうも、これまで経験したことと考えたことの中で、いちばん理想的な部分だけを追い求めているようにみえます。「私はこんなふうになるべきだ!」みたいに。しかも他人の考えや他人の経験を拝借して。 でも、さっきおっしゃったように、人には皆いろいろな面があるんです。表向きはカッコよくても、裏では汚いことをしていたり。勝手に期待して、がっかりすることもありますよ。そんな時はむしろ「あの人も普通に息を吸って生きてる、ただの人なんだ」と考えれば、自分に対しても寛大になれます。
私は自分が弱い人間だと思っているし、みんなもその弱さを知っていると思うんです。いくら意気がって発言したところで、みんな私の内面の弱さを知っているはず。ばれるんじゃないか、怖いのです。
先生内心、不安だからですね。自分が何かを言おうとする時、反射的に「この人は私をどんなふうに思うだろうか? 私から離れていかないだろうか?」と考えてしまう。人と話すのはいい経験ではあります。でも、結果はいろいろですから。Cという反応、Dという反応が出てくることもありますよ。他人の反応は実に多様だということに気づいて、受け入れなければいけません。
そうなんですね。前にちょっとした気持ちの切り替えという話が出たので、ヒッピー・パーマをかけてみました。自分でも気に入ったし、会社の人たちの反応もよくて嬉しかった。それと、これも前に聞かれたことなんですけど、友人たちが考える私の長所は、すぐ共感してあげるところかなと思います。
先生実際にすぐ共感するタイプなのですか?
はい、すごく。だからわざと共感していることを隠すこともあります。ちょっと難しい人に見えるように。
先生でも、他人に言われたことで、あまり自分をラベリングしない方がいいですよ。もっと共感してあげなきゃと意識した瞬間から、それは宿題になってしまいますから。そうすると、かえって共感能力が落ちてしまうかもしれません。ご自分が関心のないことには、関心を示さなくてもいいでしょう。
前にした検査結果を見ると、実際よりも自分を悪く見せようとする「フェイキング・バッド(faking bad)」という結果が出ています。これは多くの場合、復職前の会社員や不登校の学生などに見られるパターンです。現在の自分の状態以上に自分を悪く見せようとする。実際の状態より自分をさらに否定的に捉えています。逆に「フェイキング・グッド(faking good)」というのは主に刑務所にいる受刑者などによく出てくる結果です。自分はもう大丈夫だと見せようとするものです。あなたは憂鬱というよりは不安感、強迫観念などの様相が出ているので、社会的関係においての不安感が強いようです。
それと女性に対する考え方が受け身ですね。「私は女性だから社会的な役割はこのくらいしかできない」という思いが強いよう。これは性格というより、あなたの現状を表しています。その他には特に気になることはありません。「とても不安で、社会生活をするのが大変なんだな。それと、自分の状態を実際よりも悪いと思っている」ぐらいです。自分の状態を自分の主観的な感覚だけで、とても過敏に憂鬱に感じている。特におかしなところがあるわけではないのに、自分でおかしいと思い込んでいるんでしょう。
そうです。でも、自分が正常だと考えると、もっとつらくなります。「なんで私はこんなにみんなと違うんだろう?」と。